2016/04/吉日
Author : ちゅん
GameShopさかいや。
大阪日本橋でトレーディングカードを販売している。
今日は《Magic:the Gathering》の新作《イニストラードを覆う影》の発売が近いこともあり、
スタンダードプレイヤーで盛りあがっている。
ギャザ松とのぶ太もそんなプレイヤーたちのなかで新環境に胸を躍らせていたが、
同時にスタンダード落ちを心残りに思っていた。
1.
「楽しみだけど、《タルキール覇王譚》《運命再編》が落ちるのも寂しいよなぁ」
「そうだねぇ、のぶ太、《はじける破滅》が好きだったからねぇ」
「ならば使えばよかろう」
「「店長!!」」
ショーケース前で話す二人の間からヌッと現れたさかいやの店長。
曰く、スタンダード落ちしたカードを使い続ける方法があるという。
「知ってますよ、《モダン》や《レガシー》などのエターナルでしょ」
「でも僕らそんなガチプレイヤーじゃないし、スタンのカードだけじゃ遊べないですよ」
《Magic:the Gathering》には多くの層に楽しんでもらうため、様々なフォーマットを設けている。
手持ちのデッキはないが《ドラフト》等のリミテッドフォーマットを専門にするプレイヤーも多いのだ。
店長は二人の抗議に肩を竦めつつ、一枚のカードを取り出した。
「《実物提示教育》?」
「知ってますよ、レガシーで悪用されているカードでしょ。
そんなの出してどうするんですか」
「やる前からエターナルが無理と言っている君たちにはこのカード名の通り、実際に体験させるのが一番。
さぁ、唱えたからパーマネントを出しなさい」
二人は慌ててデッキケースからカードを取り出し、自分の信じる最強のカードを探す。
ギャザ松が選んだのは《炎呼び、チャンドラ》、のぶ太は《包囲サイ》。
「だめだめギャザ松くん、《実物提示教育》のテキストにプレインズウォーカーなんて書いてませんよ」
「そうか、その頃はプレインズウォーカーというカードタイプがないんですね」
「そう、マジックの歴史と共に開発は新しいことをどんどん試しています。
つまり、スタン落ちしたカードは今までのカード以上の可能性を秘めている。
エターナルで通用しないなんてことは断言できません」
「じゃあ、この《包囲サイ》も?」
「cip能力で6点分のライフアドバンテージを稼ぎ、《タルモゴイフ》に勝ちうるP/T、弱いはずがない。
当然、ただ強いカードを入れるだけがマジックでないのはスタンで知っているでしょう」
そう言って店長がカードを取り出したとき、さかいやの店内は影に包まれた。
2.
15/15。
影から現れたのは圧倒的なスペックを持つカード。
その名も《引き裂かれし永劫、エムラクール》。
「こんなのサイじゃどうしようもないじゃないですか!」
「プロテクションのせいで《残忍な切断》も当たらない!」
「《実物提示教育》はすべてのプレイヤーに恩恵ももたらすカード。
相手の出すカードより強力なものを出せるように構築するのは当然。
スタンダードよりも広大なカードプールから使用するカードを選ぶのもエターナルの楽しさのひとつです。
もちろん広大なカードプールから選択できるのは相手も同じ。
《引き裂かれし永劫、エムラクール》に対抗できるカードもたくさんある。例えば、のぶ太くんの手元に」
「これは……《はじける破滅》。
店長を対象にキャスト!!」
のぶ太が唱えると同時、エムラクールの巨体は崩れ落ちた。
ついで店長に2点ダメージ。
「でもまだ影がなくならない」
「そう、まだ君たちは最初の助言を受けただけ。
エターナル環境への道筋は自分で見つけなければいけません」
「俺は見つけたぜ」
「のぶ太!」
「この《はじける破滅》が教えてくれたんだ。
スタンダードだけじゃ気づかなかった可能性を知るために、もっと多くのカードを知りたい」
するとのぶ太の前に光の道が伸びていった。
途中で太さが変わり、ところどころ枝分かれもしている。
それがエターナルの深さと困難を示していた。
「じゃあなギャザ松、先に行くぜ」
のぶ太は振り返ることなく、光に包み込まれていった。
3.
闇と静寂のなか、ギャザ松はのぶ太が去った方向をただ見つめていた。
「僕にはまだそこまでのモチベーションはないよ」
「ならばギャザ松くん自身の道を模索すればよかろう」
「店長……」
店長はギャザ松をじっと見守っていた。
どれくらい経ったか、ギャザ松は重い口を開いた。
「店長の思うエターナルの魅力はなんですか」
店長はフッと微笑んだ。
そのときさきほどの《はじける破滅》でできた右頬のアザが歪んだため、少し痛そうな顔になった。
「さきほどのぶ太くんも言っていたように、広大なカードプールがあるため全てのカードに可能性を持たせられるのが一つ。
圧倒的な構築の幅がその意欲を引き出します」
そう言うと店長の右腕の袖から光が溢れだした。
構築の可能性を示す光は温泉のようにわき出ている。
「デッキの数も無数にあります。
大会結果だけ見ると閉鎖的な印象を受けるかもしれませんが、そのデッキ群が対処できないようなものを持ち込み、Tier1を倒す場面もちらほら」
「のぶ太がマルドゥグリーンを改良したデッキでモダンやレガシー一線級デッキと渡り合う可能性もあるんですね」
「その通り。
スタンダードでも同じですが、有名なデッキで大会に出るだけがマジックではありません。
したいことを仲間内でし合う《統率者》も構築で楽しむ方法ですよ」
「マジックのストーリーに沿ったデッキを作る、なんてのも面白そうですね」
「フレーバーのあるトレーディングカードゲームですから。
今までやってきたスタンダードのカードがどういう物語を歩んできたのか、背景を知るのもいいですよ」
すると今度は店長の左袖からも光の筋が伸びた。
「ルールの変遷、物語の進行……
二十年を超える歴史を持つゲームですから、エターナルに係わることでそれらを深く知るのも魅力的ですね」
伸びる二筋の光。
エターナルにとりかかる理由はいくつあっても足りないのだ。
「僕がエターナルに踏み出す一歩は……」
ギャザ松は店長の前でかがみこみ、ズボンのチャックを降ろした。
そこから新たなる光が溢れ出てきて――
4.
「おーい、どうしたんだよ二人ともボーっとして」
「早く現環境最後のスタン回そうぜ」
ギャザ松とのぶ太はスタンダードのショーケース前に戻っていた。
店長はレジで別の常連と話し込んでいる。
さっきまでの光景は幻……?
「ごめん、俺たちもう少しショーケース見るわ」
のぶ太は言いました。
「なんだよ、さっきまで見てたじゃん」
「いや、まだ見てないところがあってさ」
「ギャザ松、お前もやっぱり……」
二人は新しいスタンダード環境への期待と同じ輝きをエターナルショーケースへ向けたのだった。
~fin~
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「なんだこれ?よくわからない能力なのにけっこうするなぁ」
「コンボパーツなんだろうね」
「これがボブか、毎ターンカード引けるとかすげぇな」
「それが2マナだもんね」
「始めるならやっぱ土地から?」
「ショックランドはそんなに高くないな、まずはモダンについて調べようぜ」
今まで見ていなかった新カードに興奮するギャザ松とのぶ太。
待っているのは新しい構築や遊び方。
そして新しい仲間。
そこでのぶ太はガラスに謎の落書きを見つけた。
エターナルのカードに驚くギャザ松に気づいた様子はない。
『このラクガキを見て
うしろを
ふり向いた時
おまえらは』
ゴゴ
ゴ
ゴゴ
ゴゴ
ゴゴゴ
のぶ太は振り返った。
入口の近くには縦長のショーケースがあり、《ポイントカード対象外》という文字とともに……
いつの間にか横に立っていた店長がのぶ太の耳元で囁く。
「Welcome to Underground (sea)」
その後のぶ太の今月のバイト代を見たものはいない。
~fin~
ちゅん
渦巻く知性と天然さ溢れ出るMTGマスター。
KMCなどの関西のレガシートーナメントシーンで
大活躍しつつ、各所でコラムを執筆する文豪。
さかいやをこよなく愛している(はず)。
この度は、無理なお願いを快くお受け頂きコラムを執筆していただきありがとうございました!